マニュアルの外側にある、心を震わせる瞬間
先日、国賓をおもてなしされている方のお話を伺う機会がありました。
具体的なエピソードはここでは書けないのですが、語られる一つひとつの話に引き込まれながら、同時に「やっぱりそうだよね」と、自分のなかの感覚と答え合わせができていく時間でした。
そこで深く腑に落ちたのは—— 本物のおもてなしは、マニュアル通りでも、高級な何かでもない、ということでした。
心を奪うのは、意外な瞬間にある
世界中を巡り、整えられた空間と国際プロトコールを見慣れていらっしゃる国賓の方々。
そんな方々の心が震えるのは、一流の料亭のお食事ではなく、たとえば「主婦の方々が、手間暇かけて作ったあるもの」だったりするそうです。
心を尽くして行われた何かに、号泣が生まれる。
たとえ言葉が通じなくても。
国境、言語、肌の色、宗教——さまざまな違いがあっても、心や想い、平和を祈る気持ちは同じで、私たちはどこかで「運命共同体」なんだと感じます。
一瞬の所作の向こうに、見えるもの
国賓の方々が心を動かされる「意外なシーン」というのは、偶然生まれているわけではないと思うのです。
その一瞬の所作の向こうに、たくさんの練習、努力、日々の選択の積み重ねが、透けて見える。
ふだんから感度の高い方々ほど、その一瞬を見逃さない。
繊細に感じ取る力が高い人ほど、こちらの「日々の積み重ね」を、一瞬で読み取ってくださるのだと感じました。
まぐれでは、感動は生まれない
人を感動させる瞬間というのは、まぐれでは起きない。
身なりを整えること。 心を磨くこと。 良い習慣を選び、良い環境に身を置くこと。
そのすべての「ふだん」が、ふいに現れた一瞬に集約される。
一朝一夕には、絶対に生まれない世界だなと思います。
ヒット作のタイトルが降ってくる、という話と似ている
そういえば、ヒット作のタイトルが「ぽんっ」と降ってきた、という話をよく聞きます。
それもきっと、ずっと考え続けていたからこそ、ふとした瞬間に答えが降りてくる、ということなのですよね。
国賓接遇の話を伺いながら、これってまったく同じだなと感じました。
考え続けていたから。 磨き続けていたから。
ふいの一瞬に、人の心を動かす何かが、立ち上がってくる。
だから、おもてなしには「正解」がない
ここまで考えてようやく腑に落ちたのですが、セオリーのないVIP接遇というのは、だからこそ「正解」がないのだと思います。
魂が震えるような瞬間というのは、マニュアルからは生まれない。
継続の成果として、「無意識に、良い方を選べる自分」になっているときに、自然に立ち上がってくるもの。
意識して頑張っているうちは、まだ表現が硬い。
無意識でも所作が美しく、無意識でも心が向いている、そんな状態になったときに、はじめて相手の心の奥にまで届く驚きや感動が生まれるのだと感じます。
毎日の積み重ねが、誰かのサプライズになる
すべては、毎日の積み重ねです。
身なりを整える。 心を磨く。 良い習慣を選び続ける。 良い環境に、自分を置く。
そうやって日々を整えている人にしか、「人を喜ばせるサプライズ」は生まれない。
逆に言えば、今日の小さな一つひとつの選択が、いつかの誰かの心を、国境を越えて震わせる、そんな可能性を秘めている。
そう思うと、毎日のちょっとした所作が、急に愛おしくなりませんか。
さいごに
ふだん私は、サロンの現場や、接遇の教育に携わっています。
「正解のマニュアル」を教えることは、簡単です。 でも、お客様の心の奥を震わせる接遇は、マニュアルの外側にしか存在しない。
それは、国賓をおもてなしする方も、街のサロンのスタッフも、本当はまったく同じ世界に立っているのだと、今回のお話で改めて感じました。
明日からの一つひとつの選択が、いつかの誰かの感動につながっている。
そんな視点で、また今日も、自分を整える日にしていきたいと思います。
